成人の日に、子育ての「ゴール」を思い描く。
今日は、「成人の日」で祝日でした。
今年の、数少ない三連休の1回目、
皆様、いかがお過ごしでしたでしょうか。
三連休の最終日である今日、
都内は晴天にも恵まれ、
外出するにもピッタリな1日だったかもしれません。
私はというと、
午後から半日がかりで、過去の画像データの整理を進めていました。
仕事というよりは、いたってプライベートな作業でしたから、
「休日」の過ごし方としては、かなり有意義な1日でした。
自身の過去を振り返りつつ、
また、「成人の日」ということもあったので、
あらためて「大人になる」ってなんだろう、とも考えてみました。
「大人になる」ってなんだろう?
法的な成人年齢は、今年度から18歳に引き下げられたわけですが、
この年齢は、法的に責任能力を持つ年齢のことを指します。
確かに、法的に成人になると、保護者の承諾なく契約が結べたりするといったメリットはありますが、
18歳になることが、そのまま「大人になる」ということを示しているわけでは、どうもないように思います。
これは、従来の20歳で成人していた時も、同様ではなかったでしょうか。
20歳になると、今度は飲酒や喫煙が法的にも認められますが、
「お酒が自由に飲めるようになった」からといって、そこで大人になることを実感するかというと、これも微妙な気がします。
「大人になる」ことによる最大の果実のひとつは、精神的・経済的な自立にある。
「自立した状態」とはどういうことでしょうか。
私は、「自立した状態」を、
自分の意思で今日の過ごし方を決められて、
その結果として起こる一切のことに、自分で責任が取れる。
という状態であると考えています。
そしてこれは経験則上ですが、
精神的、経済的に自立して、人生の楽しみ方のレベルが格段に上がったように思います。
このことを踏まえると、
「わが子の幸せ」を考えるのであれば、
わが子が精神的・経済的に自立できるだけの能力を身につけるサポートをすることが、
「子育て」の最終的な目的なのかもしれません。
目指すべき方向性を意識しながら、
その方向性に沿うように、幼児期・学童期・青年期のわが子の成長をサポートしていくことが必要です。
幼児期からでも、
「自分で決める」という習慣は、ある程度は身につけさせることが必要です。
親が、わが子を思い通りにコントロールすることは、
ともすれば、親子ともに、精神的な依存の関係を強めることにもなりかねません。
「小学校受験」に限らない話にはなりましたが、
受験の合格に向けた1年後をイメージする傍ら、
ぼんやりと、10年後、20年後の親子像もイメージしてみてください。
今年のお勉強に取り組む上での「力点」がどこかを、見極めやすくなるかもしれません。